私が妊娠をしている事に気づいたのはマレーシアに移住してから2年目

1年間住んだ家から新しい家(コンドミニアム)に引っ越しをした直後の事でした。

最終生理日から30日を超えた辺りから頭痛や胸やけ、体のだるさを感じるようになって2日くらい寝込みました。

テレビや人から聞いたつわりの症状に似ていたので、もしや!?と思い妊娠検査薬を購入。

最終生理日から38日目に使用したところ、陽性反応! はっきりと線が出ていました。

赤ちゃんがお腹に宿るまで

私たち夫婦は22歳の時から交際を始めて26歳の時に結婚しています。

一般的には結婚後すぐ、もしくは1~2年で子供を授かることが多いようですね。

結婚してから1年が経った頃から周りからよく「子供は作らないの?」「子供ほしくないの?」と言われるようになりました。

子供がほしくなかった20代

子供がいる友人や知人からは「子供がいる家族の良さ」「子育ての楽しみ」などを聞いていたのですが、私たち夫婦には仕事でやりたい事・夫婦の趣味である海外旅行・2人で過ごすのが楽しかったという事もあって子供がほしいとは思えなかったのです。

よく夫婦そろって「子供はほしくないね」と言っていたのを覚えています。

30代になるまでは自分が子供を産むという事は考える事ができず、それでも夫婦はうまくいってました。

子供の事を考えるようになった30代

30代になってからは出産について考えるようになり、「子供がいる人生も楽しそう」と思えるようになりました。
それでも赤ちゃんが授かる事はありませんでした。

それから、仕事などやりたい事・行きたいところ・住みたい場所

全て叶える為に日本を出て海外へ、そしてマレーシアに移住しました。

マレーシアに移住した時の私たち夫婦の年齢は34歳

妊娠が難しい年齢ではないと思いますがそう簡単に授かることはできません。

マレーシア移住後、住んでみたいと思った物件の賃貸契約をした時の私たち夫婦の年齢は35歳

やりたい事はしたし住んでみたいと思える理想の物件にも出会う事ができました。

このまま2人で過ごしていくのか、子供を産んで家族を増やして過ごしていくのか

どちらの人生も幸せだと思いましたが、子供が出来たらそれはすごく嬉しいと考えるようになっていたんです。

スピリチュアルな体験

マレーシアに移住して2年目
新しい物件への引っ越しも落ち着いて、夫婦で「できたら子供がほしい」と話すようになってしばらくしたある日

夫が仕事に行き、リビングで一人になった時「神様 もし私たち2人の間に生まれたい魂がいるのなら妊娠させてください。もしいないのなら赤ちゃんはあきらめます」と祈ったことを覚えています。

そうするとその月の生理が来ず、赤ちゃんがお腹の中に宿ってくれました。

「赤ちゃんがほしい」そう心から願ったことが天に通じたと思えた出来事でした。

産婦人科での受診~

話が戻って妊娠が発覚してからの事です。

本当はすぐに産婦人科に行きたかったのですが、私たちが住んでいたのはマレーシアの田舎

住んでいた家から通訳が常駐している産婦人科のある病院までは遠く離れている事から夫の休日に連れて行ってもらう事にしました。

痛みと出血ですぐに産婦人科を受診

夫の休みに合わせて受診しようと思っていたのが、それからすぐにひどい腹痛と吐き気、少量でしたが出血がありました。

体のしんどさと痛みがあまりにも辛かったので夫に事情を話して翌週の休みを待たずに有休をとってもらい産婦人科に連れていってもらいました。
(当時夫が勤めていた会社は有休の取得がしやすく、休みはすぐに取れると聞いていたので甘えさせてもらいました)

病院に行くまでは今までに感じた事がない痛みと出血があった事から、こんなにしんどいのは「もしかしたら子宮外妊娠かもしれない。」と不安になっていました。
不安を抱えつつ産婦人科で診ていただいた結果、ちゃんと子宮で受精していました。

不思議な感覚と感動の瞬間

インターネットで事前に調べた産婦人科に行き、診てくれたのはマレー系チャイニーズの穏やかな先生でした。

日本語の通訳が常駐している病院で同行をしていただいたのですが、お会いした先生は簡単な日本語なら話すことができる先生で「One baby 赤ちゃんひとり」と話してくれました。

初めてのエコーで確認した赤ちゃんの大きさは0.85cm
1cmにも満たない8.5mmの小さな小さな赤ちゃん

それなのに心音ははっきりと分かるんです。

一生懸命に心臓を動かして頑張っている姿を見て涙があふれてきました。

赤ちゃんを妊娠したのはとても不思議な感覚。

夫もすごく喜んでくれて信じられない不思議な気持ちと感動で家に帰ったのを覚えています。

BABY葉酸ママの恵み