24時間に及ぶ難産を乗り越えて

2018年7月19日

陣痛の始まりから出産まで

出産予定日から3日を越えた深夜2時頃の事でした。

さあ今から寝ようと思った時に腹痛がありました。
初めは30分に1回、20分に1回の感覚での腹痛でした。

もしかすると陣痛かもしれないと思いすぐに掛かり付けの産婦人科に電話しました。

そしたら「もう少し様子を見て痛みが10分に1回という間隔になってきたらまたお電話ください」と伝えられました。

夫に時間を計ってもらいながら強くなっていくお腹の痛みと共に「やっぱりこれ ただの腹痛じゃなくて陣痛なんじゃないかな」と思いまたかかりつけの産婦人科に電話します。

そうすると「今すぐ来てください」と助産師さんから指示を受けます。
車で産院に連れて行ってもらった時刻は大体午前4時か4時半頃でした。

強くなって行く痛みと共に病院に着いた時は、椅子に座り込むぐらいの痛みになっていました。
それからすぐに診察室に案内されます。

そこで「少し破水しているので分娩室に案内します」と言われました。

次第に強くなる陣痛

そこで分娩室に案内された私と夫はここで産道が開くのを待ちます。
この時の陣痛は普通の痛みから強い痛みに変化してました。

椅子に座るのも辛くなっていきました。

痛みと共にコクコクと時間も過ぎて行き、朝食が運ばれてきました。
この時は少し食べ物を口にできましたがそれ以降、出産までご飯を食べることができませんでした。

陣痛が強くなってくると共に体温の変化や腰痛も強くなってきます。

陣痛開始から12時間経過

この頃には激痛でかなりキツイ状態でした。

初産とあって赤ちゃんがなかなか下に降りてくれない。
産道がなかなか思ったように開いてくれない事で焦りを感じ始めます。

朝番、中番、夜勤でシフトが入れ替わる助産婦さんたちを何人も紹介され時間がかなり経ちました。

それでも生まれて来る気配はありません。

ただただ強すぎる激痛と戦い続けました。

さあ寝ようとした時に始まった陣痛は深夜2時頃から始まり、私も夫も睡眠を取ってない状態でした。

途中意識が遠のき睡魔と疲労でふらふらしていました。
それでも痛みが激しくて眠ることはできませんでした。

気が遠なるような痛みと強くなる陣痛

7分に1回の陣痛がやがて4分に1回と短くなってきました。
この時、「まだ産まれないのか」と 何度も何度も助産師さんに聞いていました。

陣痛の痛みは言葉ではなかなか表現できませんが、
例えるなら、食中毒になって40度以上の熱を出し、常に下痢をし痛みと脱水症状が続いた時の痛みの更に上だと思います。

更に陣痛は赤ちゃんが下に降りて来れば来るほど痛みが増します。

赤ちゃんが下に降りて骨盤に頭が固定された時にようやく子宮口が開きます。

陣痛開始から18時間後ようやく子宮口が開く

子宮口が7cmまで開いた時は陣痛開始から17時間は経過していたと思います。

「こんなに痛いのなら帝王切開の方がマシじゃないか」
と思うくらいでした。

又その時に付き添ってくれていた助産師さんに「陣痛の痛みを和らげる方法はないですか?」と意識がもうろうとしている状態で何度も話しかけていたのを思い出します。

そして助産師さんから手助けもあり子宮口が10cm開いた時にようやく出産体制に入りました。

最後の力を振り絞って

もうこの時何時になっていたか把握ができない状態でした。
途方もない痛みで出産体勢に入ってからも長かったです。

出産体制に入って出産してからの合計時間は大体7時間ぐらいです。
分娩台に横になってからは途方もない時間が経過したように思えました。

ふらふらの状態で予想もしない陣痛の痛みに耐え、赤ちゃんが産道の近くまで降りてきました。
ここでようやく医師から「いきんで下さい」との指示。

最後の力を振り絞り、いきみます。

もうこれでやっと痛みがなくなるんだと思うとこちらも必死です。

そしてやっと赤ちゃんの頭が少し見えてきました。

それから又いきむと、赤ちゃんの肩が引っかかってなかなか出て来れません。

こんなに長時間なのに赤ちゃんもすごく頑張って元気に動いてましたが初めてこの時赤ちゃんの心音が低下します。

慌てて酸素マスクを付けられ出産を続けました。

先生の判断で最後はカップで赤ちゃんを吸引し取り出すことになりました。

赤ちゃんと初めての対面

やっとの思いで生まれた赤ちゃんは泣きませんでした。

意識が遠のく中、赤ちゃんが心配で心配で仕方ありません。

赤ちゃんの名前を何度も呼び続けると、ようやく赤ちゃんの声が聞こえました。

赤ちゃんは最後の産道を通り抜ける時に誤って羊水を飲んでしまっていたのです。
それから助産師さん達の適切な処置により羊水が取り除かれようやくここで鳴き声を上げました。

ほっとした安堵の気持ちと一緒に涙がこぼれ落ちました。

超過酷な24時間を乗り越えられた理由

この出産は想像を絶するものでした。

出産に最後まで立ち会ってくれた夫、ずっと私の腰を摩ってくれていた事で精神的にかなり心強かったです。
途中で何度も心が折れて、「本当に産むことが出来るのだろうか?」と疑問に思っていました。
いつも頼って どんな時も助けてくれ一緒だった旦那さんが傍にいてくれたことでかなりの安心感に繋がりました。

また赤ちゃんを取り上げてくれた助産師さんにも、すごく励ましていただけました。

生まれてから赤ちゃんの顔を見て触れることで「なんて可愛いんだろうと」思いました。
二ヶ月半経った今でも、振り返るとやっぱり痛かったし辛かったなと思うし、もう二度とあんな痛い思いはしたくないとも思いますが、 もし、 あの日をもう一度体験しなければ今の赤ちゃんと出会うことができないって言われたなら私はあの日をもう一度体験します。

確かに激痛すぎてキツかったけど赤ちゃんに会えた喜びの方が大きかったからです。

また今になって思う事ですが、産まれてからの赤ちゃんは本当によく泣き、夜も眠れない状態になります。
睡眠不足も続きます。
1日に出来ることも限られてきます。

ですがこの途方もない激痛をあじわった事で更に我が子が大切だと思う事ができるのではないでしょうか、、

この出産で常に助けてくれた夫

出産を助けて下さった助産師の皆さま、先生

そして何よりも頑張って生まれてきてくれた赤ちゃんに感謝しています。

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Posted by wpmaster